草木染手織暈し絣郡上紬着物
人間国宝 宗廣力三作

商品番号 r1862 - 105597
お仕立て替え済
販売価格 480,000円+税

身丈 169 cm 前巾 24.6 cm
裄丈 69.5 cm 後巾 30.5 cm
袖丈 49.5 cm

商品説明
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【商品説明】
1914年 岐阜県郡上郡八幡町(現・郡上市)に生まれた宗廣氏は、特別な産業がなかった内陸部の土地で、郡上郡青年団理事として地元の若者を義勇軍として育て、大陸満洲へと世の中の気運が高まっていた折には満洲開拓へ若者を送り出す事にも尽力されたそうです。
類まれな積極性と指導力をお持ちだったのであろうと想像します。
戦争が終わって1946年頃から引き上げが始まり、戻ってきた人々が住む家も就く仕事もないという厳しい状況を目にして開拓農地を開き、皆を受け入れ、多くの人が関われて現金収入につながりやすい機織りを勧められ、ご自身もその研究に奔走されました。
それまでにも郡上地方では養蚕も機織りも行われていましたが、地元の人々のために織られるような地織的なものであったようです。
それを改良され、京都の染織試験場長の指導を受け、より良いものへと変えていかれました。
1952年、地元の蚕からとれる真綿の糸を地元の草木で染め手織りで織る伝統的な紬の創作が「郡上工芸研究所」として本格的に始まりました。
京都の陶芸家・河合寛次郎氏を訪ねて作品を見せて指導を仰ぎ、京都の老舗呉服屋さんと取引を始められたり、白洲正子さんの「こうげい」でも作品を扱われたりと、多方面へ活躍の場を広げられました。
その後も個展などをされながら、日本伝統工芸展にも出品されご活躍されましたが、1980年に体調の面から工房を神奈川県に移され、また新たな作品つくりに取り組まれ新しい世界を開いていかれたようです。
伝統的でありながら古くなく、しかしながら伝統に基づいて創作されたものが持つ力強さと輝き、色のときめきがあり、一目見てそれとわかる個性のあるのが「郡上紬」です。
本来の目的は周りの人の生活を支えるためであったものを、長きに渡る研究と創作を続けてその世界を確立された宗廣力三氏は素晴らしい人であったのだろうと思います。

1982年 重要無形文化財「紬縞織・絣織」の保持者に認定。
1989年11月21日没。

こちらのお着物の姉妹作品が宗廣力三作品集にも掲載されていますが、美しい暈し染めが反映され、独特の世界が繰り広げられています。
宗廣氏が考案された「どぼんこ染め」という技法は美しい暈しを表現するために、緯糸を草木で染める時に手間と時間を費やし、非常に神経を使って独特の色彩を出していかれます。
縞や格子に始まる地織紬を基礎として、宗廣氏のあくなき探求心によって新しく生まれ変わった「郡上紬」の個性を集約したような、洗練された感を持つ格子のお着物の作品です。
お着物ファンの方には是非実物をご覧いただきたい、まるで藍のお花が咲いたかのようなおすすめの逸品です。

銀鼠「#979799  color-sample.com」
深縹(こきはなだ)「#1c2b4d color-sample.com」
赤朽葉色「#b36b3b color-sample.com」 をご参照下さい。